愛媛県今治市関前諸島のホームページ
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関前諸島で語り継がれている唄 (関前村誌より)
関前みかん小唄
 
 

一、関前よいとこ みかんのでどこ
山に黄金の 山に黄金の 日が映える
これ チョッキリ チョッキリ チョッキリサ

二、沖の千里も みかんの香り
流れ雲さえ 流れ雲さえ ふりかえる

三、月もおぼろの 観音崎は
忍ぶ恋路の 忍ぶ恋路の 花みかん

四、小大下石山 ま白い肌と
みかんつむ娘の みかんつむ娘の 玉の肌

五、男度胸の 船出の唄は
あれはまる関 あれはまる関 みかん船

六、灘の苦労も しばしの程よ
やがてうれしい やがてうれしい みかん島

七、まるくおさめて みかんの様に
晴れて楽しい新世帯

 
     
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岡村島音頭
 
 

いよの松山御国の内の、野間の郡の岡村島に、朝日輝く氏神様は、社造りは横拝殿で、石の鳥居に唐かりの額、それに付け添ふ獅子こま灯篭
すこし南へ出鼻がござる、ここをたとえて名は宮の鼻、ここに一つの名所がござる、物をうる時や根上がり松よ、こちに買う時や根(又)下がりの松、そこを踏み越え城輪の浜よ、浜半ばに大石ござる、昔御地(都)の御歴々が、冠装束干された(ナホシタ)所、これをたとへて名が烏帽子岩、はるか南へ出鼻がござる、牛が崎とて世に知られたる、
ここに一つの名所(夜鐙)がござる、四方白壁八つ棟造り、昔大工の飛騨甚五郎、くさび一つ(三)でとめたる普請、山号申せば白石山で、寺号あらたな観音堂よ、若い女中や黒前髪が、恋の願掛け(立)お百度参り、下向もどりのその悪口に、いとしかわいや身は濡浜よ、ここはどこかと山子に問へば、いわれ(岩根)八間名は立石よ、茗荷めでたや吹き谷小浜、昔都の御僧さんが、恋の衣を干されし所、
ここはどこかと爺さんに問へば、音に名高い松山様の、御国境の一本松よ、もとは開いた御田地なれど、弘化四年の末の春に、町に開いて千軒在所、音に聞こへた高橋さんが、鶴や亀やの長倉たてて、上に米をば皆買い込んで、市に倍増しもうけがござる、少し上がれば女郎屋がござる、しかも鹿の子の振袖めして、舞いも舞います御能の舞いを、年中つづけの芝居がござる、もちと行き抜け三軒目には、うどんそば屋の名物がござる、
ここはどこかと婆さんに問へば、あなた百までわしゃ九十九まで、共に白がの(た)はやかりの浦、達者で若い名は石の本、あなたまつとて戸町の先で、逢うてうれしや大谷の浜、いつもよいのが正月鼻で、目元正兵姿があやめ、声はうぐいすほうきとの、心こひじへ迷をかけて、あなた故なら身はまきの前、ついて行きます野々浦までも、いとしござろう(ラヌ)又せがしらの瀬も、大惣津小惣津日は大番の、そこら踏み越え七城が谷よ、うしろに上がれば入相の鐘、寺参ろや善照寺さんへ、参りて先祖のお鉢をとろや、踊り踊ろやえびすのかどで、若い女中や黒前髪が、おこそ頭巾や深編傘で、足はうれさいばら緒の雪駄、太鼓たたいて踊り子よけて、月はよい月十五夜の月。

※前半には岡村の名所を、後半には弘化の頃の白潟の繁栄を歌っている。高橋は豪商の高橋又四郎である。末尾には小字を並べている。長文であるが、大変面白い文句である。姫子島神社の境内で、二人の男が交替で歌う。テンポが速く賑やかである。

 
     
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弓祈祷
 
 

祭りも首尾よく済みました、お射手の衆もおめでたや
当人衆も、おめでたや、見物方もおめでたや
ついちゃナァーエー、親衆もヨーイソリャおめでたや

ソラ、ヤットコセーイノヨーイヤァーナー
アレワイナァ コレワイナァ ソラ、ナンデモセー

一駆け二駆けて三駆けて、四駆けて五駆けて六駆けて
七駆け 橋の欄干に腰を掛け、遥か向こうを眺むれば十七、
八なるネエちゃんが片手に石鹸ぬかぶくろ
風呂屋の前に立ち止まり、これ、これ、そこいの番頭さん
お風呂は抜いたかまだあるか、お風呂はただいま抜きました
抜いたさあなたは良いけれど抜かれたぁー私のヨーイソリャふの悪さ

この山奥の山奥の、まだまだ奥の山奥の、まだまだ奥の山奥の
そのまた奥の竹ヤブで、十七、八なるネエちゃんが
タケノコ抱えて泣いておる、これ、ネエちゃんよ、なぜ泣くか
ヒチクもハチクもはえたのに、私のオソソにゃ毛が生えぬ
それがナァーエ悲しゅてヨーイソリャ泣くわいな

お宮のせどにて立ててボボ、そこへ神主さんがとんできて
これこれ若い衆なにをする、氏子をふやしておりまする
氏子をふやすはよいけれど、一丈のかみも五銭する
神をナァーエそまつにゃヨーイソリャせ

一番鳥から二番鳥、三番鳥のなくまでは
かわいや殿ごを寝さしおき、外にでてみりゃ雨と風
この風雨にかえさりょか、親方はれての殿なれば
ゲタ傘不自由はさすまいに、親方はれての殿でなし
私の前掛け蓑として、サラシのてぬぐい傘として
親方しのんで送り出し、互いに見渡す顔と顔 帰るあなたの心より
帰すナーエわたしのヨーイソリャ身のつらさ

これから奥の奥山に、鹿なく声がするわいの
恋して鳴くのか妻呼ぶか、恋して鳴かゃせぬ妻呼ばぬ
明日はこの山お獅子狩り、十七、八なる若い衆が
方には鉄砲手には犬、白犬黒犬はしかける
それがナーエ悲しゅてヨーイソリャ鳴くわいの

今年始めて伊勢参宮、お伊勢の町ほど広いけど
一夜の宿をば借りかねて、向こうの小山の松の木に
十二の卵を生み揃え、一つや二つと目が付いて
羽がいをそろえて飛ぶときは
親のナーエ心はヨーイソリャうれしかろ

今度この町に(ヨイ、ヨイ)豆腐屋ができたヨーイセーソーラセ
そこで豆腐の苦節には、朝はとうから起こされて

 
     
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亥の子歌
 
 

(一)
えべっさんのことならば、一でたるふんまえて、二でにっこり笑われて、三で杯さしおうて、四つで世の中ええように、

(二)
一ぶ二ぶの木、三で咲きや四ぶの木、五葉の松は六くの木、七つ梨の木八つ柿の木、九つこの木十でとって納めた。○○が出世するように、ごうりん大将なるように、総理大臣なるように、○○繁盛するように。

(三)
亥の子田の神よヨイヨイ、お帰りなされ、ありゃ馬がナーエ稲負うてオヤソレーモサ、門にゃ入る、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
ここの座敷はよヨイヨイ、めでたいヨエ座敷、鶴とナーエ亀とがオヤソレモサ、舞い遊ぶ、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
沖の暗いのによヨイヨイ、白帆が見える、ありゃあれはナーエ紀の国、オヤソレモサみかん船アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
桜三月よヨイヨイ、あやめは五月ありゃ、咲いてナーエ年とるオヤソレモサ梅の花、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
ばかのどてんじょによヨイヨイ、日和を問えば、ありゃ月はナーエ、ばらばらオヤソレモサ、星しや一つ、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
一で玄界灘ヨイヨイ、二で播磨灘ありゃ三でナーエ、日向のオヤソレモサ、赤之灘、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
鯉の滝のぼりヨイヨイ、何と言うて登る、登りゃナーエばしゃばしょオヤソレモサ、言うて登る、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
たこにや骨なしよヨイヨイ、なまこにゃ目なし、ありゃわしらナーエ子供でオヤソレモサ、色気なし、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
汽車は出て行くよヨイヨイ、煙はナーエ残る、ありゃおやれナーエ、煙はオヤソレモサ、客のため、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
咲いた花よりもヨイヨイ、咲く花よりも、ありゃ咲いてナーエ、しおれたオヤソレモサ、花がよい、アリャ、ホリャゲーテツコヤ、ホウリャゲーテツコヤ。
酔うた酔うた、ごうりんさんが酔うた、たった五酌の酒に酔うた、酔うた、酔うた、ごうりんさんが酔うた、たった五酌の酒に酔うた。

 
     
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手まりうた
 
 

(一)
一番はじめは一の宮、二は日光東照宮、三は讃岐の金比羅さん、四は信濃の善光寺、五つ出雲の大社、六つ村々じぞうさん、七つ成田の不動さん、八つ八幡の八幡宮、九つ高谷の弘法さん、十でところの氏神さん、これほど信心したなれば、浪ちゃんの病気は治るでしょう。

(二)
あんたがたどこさ肥後さ、肥後どこさ熊本さ、熊本どこさせんばさ、せんば山には狸がおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ焼いてさ食ってさ、それを木の葉でチョッとかぶせ

(三)
いちれつらんぱん破裂して、日露戦争はじまった、さんざん逃げるはロシアの兵、死ぬまで尽くすは日本の兵、五万人と戦いて、六人残してみな殺し、七月七日のあかつきに、ハルピンまでも攻め寄せて、クロバトキンの者を取り、東郷大将万々歳

 
     
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遊びうた
 
 

しまいこんごたいこんご、いつ泳いでもエンコに引かれんように、なんまいだぶつ、なんまいだぶつ、
じよりかあくしなんまいだ、橋の下のねえずみが、じょうりくわえてキャッキャッキャ

 
     
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今度来る時や
 
 

こんど来る時やヨーエ、持って来ておくれ、アヨイヤナヨイカナ、富士のお山のヨーコワレ、なぎの菜をソレヤヨーイ、ヨーオイヨイヤナ、ハレワイナ、コレワイナ、サーヨーイトーセ、

 
     
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木山音頭
 
 

木山六之丞はなぜに、お色が黒い、笠がョー、小まいか横日がさすか、サノエンエノエーン、ヤートセー、
笠も小まない横日も ヤレさゝぬ、ホラ木山通いすりゃ、こいつにやお色がこげる、サノエンエノエーン、ヤートセー、
さてはヤレ、これから文句に、ヤレかゝる、島のヨ始めは淡路が島よ、サノエンエノエーン、ヤートセー、
だたいヤレ三左は無様な、ヤレ生まれ、三つになる時、ヤレ父親ばなれ、サノエンエノエーン、ヤートセー、
七つになる時、母親ばなれ、そこで三左も、相続できぬ、(以下略)

 
     
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