愛媛県今治市関前諸島のホームページ
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関前諸島について
 
 

今治港の北西約17キロ、波方までは8キロ、広島県竹原市へは17.5キロの位置にあり、大下島、小大下島と関前諸島を形成している。東に小大下島、西に大崎下島(広島県)がある。

大崎下島との間の御手洗瀬戸に中ノ島、小島がある。

集落は島の南東部でフェリーの寄航する岡村港のある岡村に集積し、今治市関前支所(旧村役場)もこの集落にある。

岡村島は広島県呉市から繋がる「とびしま海道」の終点地点。

クロツバメシジミの生息地が存在することで知られる。

 
     
 
関前諸島の座標   北緯34度11分15.8秒東経132度52分40.8秒
     
関前諸島の面積   3.10 km2
     
関前諸島の海岸線長   11.1 km
     
関前諸島の最高標高   213 m
     
関前諸島の最高峰   甲ノ峰
     
関前諸島の最大都市   関前岡村
     
関前諸島の所在海域   瀬戸内海
     
関前諸島の所属諸島   関前諸島
     
関前諸島の所属国   日本(愛媛県)
     
 
     
 

関前諸島の地質

岡村島は大部分が古生層であるが、その中に真っ白石灰石の岩脈や転石が見られる。白潟や正月鼻の海岸付近には花崗岩が露出しており、その上に古生層が乗っている。観音崎の石灰岩の露頭は雄大である。

小大下島は全島が石灰岩からなり、小島ではあるが東予地方最大の石灰岩産地でもあった。生成は三億年以前の古生代で、当時は海底にあったサンゴやウミユリ等の動物の死骸の堆積したものである。しかし、化石は比較的少ない。小規模な石灰洞はあり、海岸でも小さな鍾乳石は今でも拾うことができる。
同じ石灰石でも島の西南部は結晶の粒が小さく、灰褐色をしており、東部は粒子が粗く白色である。石灰岩と他の岩石との接触部分では、熱や圧力で変成した珍しい鉱物も見られ、地学の標本質のような島という人もいる。

大下島は西半分が古生層、東半分が花崗岩となっている。

土壌の性状は母岩の性質によって決まる部分が多いが、本村の場合は急傾斜地帯で、崩壊危険地帯に指定されている地域もあり、風雨による表土の流出が大きな問題である。
古生層地域の土壌は、角礫を多く含んで流出しやすいが、保水力はよく、蜜柑栽培には適している。
花崗岩地帯では砂礫〜砂質土壌で表土は薄く、地力も乏しい。マサ土で流出しやすく、保水力にも欠け、酸性土が多いため、土壌改良が必要である。石灰岩の風化土は、保水力にとみ、アルカリ分の多い砂壌土で、柑橘栽培には好適である。

 
     
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関前諸島の歴史
 
 

古くから斎灘の海上交通の要衝にあたり、平安時代から空海や菅原道真らが立ち寄ったいわれがある。戦国時代には村上水軍の城砦が築かれた。

江戸時代中期には隣島の大崎下島の御手洗港などとともに潮待ち港として栄え、1740年(天文5年)には島南端の観音崎に灯明台が築かれた。

江戸時代に宮浦村と里浦村とが合併して岡村となり、松山藩に属していた。

天保9年に隣島の小大下島を二分してその一部を岡村と合する。

明治二十一年四月二十五日に「町村制」が公布され、越智郡では八町106ヶ村が一町28ヶ村に統合・強化された。本村では明治二十三年一月、先ず村議員を選定し、二月十日に役場を開庁、村政事務の取扱いを開始した。

ついで四月一日を期して岡村と大下村が合併して越智郡関前村が成立。
 583戸3,005人、初代村長は弱冠二十一歳、井村亮の下に新しい村政が展開することになった。
 旧村名の岡村・大下は大字名となった。

明治の中頃から柑橘類の栽培がはじまり、大正時代にはみかんの島として知られるようになった。村役場がこの島に置かれるなど、関前諸島の中心として機能してきた。

昭和の大合併は離島という特性のため、経験しなかった。

 
     
 

小大下島、石灰石採石の歴史

石灰石の採石が始まったのは、文政初年(1818〜)頃からと言われている。

最初は四国本土方面の商人や資本家等に依り、ごく小規模に季節的に短期間のみ採掘され「石灰」として焼成された。やがて関前の地元の者や、近村の者らが、小規模ながら断続的に操業を続け、明治へと引き継がれた。

小大下島は明治の初期の頃は岡村、大下村両村の入会山であってほぼ中央で二分割されていた。
当時の石灰は肥料用を主体に、工事用、建設用等に生産された。

生産量も時間の経過とともに次第に増加し、又新規の業者も加入したようで、記録に依れば、窯数百二十基に達していたとされている。

こうして明治時代小大下島の石灰業は、関前村の基幹産業としての地位を確立した。
大正昭和期においても、最主要産業として村経済、その他に重要な役割を果たし、関前村発展の原動力になった。

当時は全て人力に依る作業であったため、各原石山は数十人を雇用。労働者数は最多の時代となり、村内だけでは不足して、村外からも就労した。

昭和後期にには、各鉱山共に鉱量減少等、採鉱条件の悪化、又、各地に大規模石灰石鉱山が開発されたことによる、販売価格の低迷なども重なり、昭和52年8月31日、本村上鉱山操業休止により、江戸時代から百有余年を経た小大下島の石灰石鉱業は、その使命を終えた。

その後採鉱跡(海水レベル以下)に湧水、雨水などにより湧水池ができ、昭和52年より小大下島、及び岡村の上水道用水源地として活用されている。

又、本村上鉱山の採掘跡(レベル以下)にできた池水も同様、補助水源地として利用されている。

 
     
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関前諸島の年表
 
 
779年   岡村に大三島明神鎮座(伝)大下に大気神社創建(伝)
     
807年   空海(弘法大師)牛ヶ崎(観音崎)に救世観音像を祀る(伝)
     
14世紀頃   禅宗が入る。城が築かれる(伝)
     
1604年   宮浦村、里浦村が合して岡村となる
     
1635年   岡村・大下村は松山藩領となる
     
1662年   弓祈祷始まる
     
1689年   地蔵堂建立
     
1692年   観音堂建立
     
1708年   岡村大火
     
1732年   大師堂建立
     
1740年   観音崎に灯台を築く
     
1790年   この頃小大下島で石灰石採取
     
1833年   鰆漁始まる
     
1837年   岡村大火
     
1846年   里浦大火
     
1869年   庄屋を廃し、区長を置く
     
1871年   三島大明神を姫子神社と改称
     
1873年   今治〜宇品航路ひらける
     
1874年   区長制廃止、戸長を置く
     
1875年   大下村で大火
     
1876年   岡村学校創立
     
1880年   大下に岡村分校仮校舎建つ
     
1884年   台風と津波で関前被害大
     
1886年   風水害あり
     
1887年   ミカン栽培始まる
     
1890年   岡村と大下村が合併し関前村が成立(初代村長は21歳の井村亮)
     
1894年   大下燈台点燈
     
1902年   岡村郵便局開設
     
1903年   岡村・大下漁業組合創立
     
1904年   ミカンの栽培盛んとなる
     
1905年   岡村洪水
     
1908年   岡村局、電信事務開始
     
1910年   各漁場の専用漁業権設置
     
1919年   電気導入
     
1922年   隣島・御手洗より電灯をひく
     
1934年   電話開通
     
1944年   食料増産のためみかん20%伐る
     
1945年   大下でもみかん栽培
     
1946年   南海大地震で被害大
     
1950年   観音崎が国立公園に編入される
     
1952年   岡村に水道が引かれる(1977年に完了)
     
1954年   台風十三号の被害甚大
     
1958年   真珠養殖始まる
     
1959年   離島振興地域に指定
     
1962年   岡村桟橋完成
     
1968年   フェリーボート寄港開始
     
1970年   フェリー発着場完成
     
1972年   岡村全道路アスファルト化
     
1974年   御輿購入
     
1975年   小大下島鉱山閉山
     
1977年   台風十七号被害甚大
     
1978年   村営フェリー「せきぜん」就航
     
1982年   60年に一度の観音堂御開帳
     
1989年   クロツバメシジミ発見
     
1991年   岡村農村交流宿泊施設完成
ナガタニ展望台完成
     
1995年   岡村大橋完成(1998年、隣島の大崎下島と接続)
     
2005年   関前村、今治市と合併
     
2008年   豊島大橋完成(本州と陸続きになる)
 
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